ヴェニスの商人?

  • 2007/10/07(日) 23:26:01

やっと望みが叶う・・

そう思った時

その望みを絶たれ・・

あげくの果てに全てを奪われたとしたら?

そんな時・・人はどうするのだろう?

この場面・・

とにかく登場人物がたくさん舞台に出てきて
それぞれがそれぞれの芝居をあちこちでしているものだから

観る側としては忙しくてしょうがない

中心にいるのはシャイロック・・

全てを奪われた哀れなユダヤ人

しかし、その後ろでちょっとドキッとするような
シーンがあったのをちゃんと見逃さずにいた

私は意外に視界が広いのかもしれない・・なんて
思ったりもした・・




ポーシャの裁きはシャイロックを追い詰めた

シャイロックは先のバサーニオの申し出を受けると言い出した

しかし、ポーシャは容赦しない

「証文どおりだ。決して証文以上のものを受け取ってはならない」

ではせめて元金だけでも返してほしいというシャイロックに
それもならぬと言い放つポーシャ

しかもヴェニスの民を殺そうとした罪までもかぶせてくる

そうしてアントーニオはその罪を許すために
キリスト教に改宗しろという

財産はアントーニオが管理し、死後ジェシカと夫のロレンゾのものとなる証文も書くよう要求された

ここで・・
固定した宗教観を持たない我々日本人にとっての矛盾を感じる

なぜ、そこまで宗教に拘るのか?

それは日本人にはない価値観なのだろう

だが人として生きることを拒まれたとしたら?

例えば日本語しかしゃべれない日本人が
今後一切日本語をしゃべってはならぬ
今日からフランス語だけしゃべるように
それが守れなければ死刑(極端な例えかしら?)

とか言われたら?

ほとんどの日本人は死に絶えることになる

改宗とはシャイロックにとっては
ユダヤ人であることを捨てること
自分の魂を捨てることであり
生きることを捨てることだ

生きながら死ねと言い渡されたも同然

当時の観客たちはこれを拍手喝采で喜んだのだろうが

今はそういう時代ではない
この場面において
人間の罪と罰というものをはっきりと認識することになる

こうやって人は罪を罪とも思わず
綺麗な言葉で装飾して
それを隠してきたのだと・・

皮肉なことに箱選びで
はっきりとバサーニオがそう言っている

それを罰として受け取るのは
実は罪を犯したものではなく

人々が勝手にそう決め付けた罪人なのだ・・

自分達が犯した罪を
別の者に背負わせる・・

そんなことを人間の歴史は繰り返してきてるじゃないか・・


奪いつくされ
反論も許されず

ただボロボロになって退場するシャイロック・・

憐れとしか言いようがない・・

しかしそんな騒動の最中

服を脱がされたアントーニオに
駆け寄り、彼にシャツを着せてやり
外されたサスペンダーを片方ずつ丁寧に付け直している

そんなバサーニオに思わず目が行ってしまった・・

これにはちょっとどきりとする

この二人の関係がプラトニックな関係でないことを表しているようだ

アントーニオとバサーニオこそが
表面は敬虔なキリスト教徒でありながらも
その実、禁忌をしっかり犯してるじゃないか!

ほら・・自分達の罪はこうやって棚上げしてる

このシーンちょっとムカッとしてしまう



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