身毒丸?

  • 2008/03/06(木) 13:58:13

 2月28日、3月1日
大阪 シアタードラマシティー

原作 寺山修司
演出 蜷川幸雄

主演 藤原竜也 白石加代子


レポをどうしようかと実は迷っておりました

公演がまだまだ続きますからね

しかし・・終わるのを待っていたら自分の記憶が怪しくなる・・

2度と見ることの叶わぬ演目でしょうからこそ

自分の記憶の記録として綴っておきたいと思いました

既に5日経過してるので・・少し正確とは言い切れないかもしれませんが

私の感情の奥に残った記憶を書き留めているだけなので

正確さはこの際、無視いたします

そして、私は演劇ファンになって日も浅く

正直、アングラ演劇と商業演劇との差異というものがよくわかりません

アングラ演劇というのは「反体制的」「思想的」なイメージを持っているくらい

「身毒丸」がアングラと言われるその所以も寺山修司の思想も理解に遠く

「思想」の全てを理解することができれば、全く違った見方ができるのかもしれませんが

観客として観る位置というのは様々あっていいのだろうなとも思えます



さて・・ネタバレしっかり含みます

まだ公演をご覧になってない方はご承知の方のみお進みください
ご覧になった方で納得いかないと思われる方は
途中下車してくださいませ、あくまでも・・私個人が感じたままでございます





グラインダーの火花散る中

ゆっくりと異世界の扉が開くように始まる「身毒丸」

汽笛の音の向こう側から姿を表す身毒丸

「眼差しの落ちゆく彼方 ひらひらと 蝶になりゆく 母の幻
掌に百篇母の名を書かば 生くる卒塔婆の手とならんかな」

身毒丸の最初の台詞

あまりに有名なこの台詞は
もう一つの伝説の言葉

「おかあさん もういちど ぼくを にんしんしてください」

ここへ行き着く・・はずだと思われた・・

しかし
今回は第一声からそれは大きく異なるもので

細く、しなやかな少年の佇まいはそのままに
太く低く、落ち着いた声色

少年と青年を併せ持った

力強く激しく、余裕に満ちた
新たな「身毒丸」がそこにいた

この身毒丸だからこそ

最初の台詞は最後の台詞

「顔をなくし 名前をなくし 忘れられるために 出て行くのです」

ここでしっかり着地してくれた

この最後の台詞がずっと頭から離れない

もしかしたら激しく揺すぶられる少年の狂気とは違うものなのかもしれないけど

この最後の台詞は
異界の中の地獄から解き放たれた身毒丸と撫子が
やっと別世界の現世へと旅立てる瞬間なのではないか・・とさえ思えた

またはその逆なのかもしれないけれど

二人が去ったその後には、なぜか異界に閉じ込められてしまったのは
観客の方かもしれない・・などと
そんな錯覚を覚えてしまった

最後に響く飛行機の轟音を聞きながら
置いていかれた寂しさを感じた








この記事に対するコメント

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する