THE BEE〜日本バージョン〜

  • 2008/01/22(火) 23:25:11

12月12日 WOWWOW放送分

野田MAP番外公演

第7回朝日舞台芸術賞グランプリ作品

野田MAPは東京でしか公演されないため

ライブでは観たことはなく

結局この「THE BEE」も日本バージョン、ロンドンバージョンともにTVで放映されたものを見た

では感想をば・・

実は12月に観たものの両バージョン通しての放映だったため

見るだけでグッタリしてしまったのだ

休日の今日、まずは日本バージョンを再度観てみた・・

やはり・・痛い!(笑)

野田秀樹氏・・ますます表現がストレートになっておられます

2006年にイギリスで初演、大絶賛されたものを逆輸入したものだ

両バージョンともに驚いたのは野田さんの演技

演技者野田秀樹の底力を見せていただいた

さて、日本バージョン


原作 筒井康隆
脚本 野田秀樹・コリン・バーティン
演出 野田秀樹
出演 野田秀樹 秋山奈津子 近藤良平 浅野和之

この4人だけで20もの役柄をこなしている
素晴らしいテクニックの応酬

背景は巨大な模造紙一枚・・

時にはドアになり、時には窓になり、時には布団にもなる

前半は野田さん特有のジェットコースター的な高速展開だが・・

次第に・・閉塞され・・追い詰められ・・停滞して・・破壊されていく様をじっくりと・・冷酷に描いていく・・

以前見た「オイル」「ロープ」のように

広島だったり、ベトナムだったり・・特定の事例を描いているわけでもなく

両者に共通するような神話的な展開は一切排除されているような気がした

時代は1970年代 平凡なサラリーマン・イドは息子の誕生プレゼントを抱えて家路を急ぐ・・

そこへマスコミのリポーターたちが取り囲む・・

イドの妻と息子が脱獄犯の人質になっているというのだ

マスコミはイドにもっと被害者らしく演じろと詰め寄り、警察は何もしてはくれない

イドは脱獄犯オゴロを説得するために彼の妻子に会いにいく

オゴロに愛想をつかした妻は説得を拒否・・

イドは被害者から加害者へと転じてしまう

オゴロの妻子を人質にして立てこもったのだ

そこから、両方の立てこもり犯の閉塞した空間での暴力と報復の連鎖が始まる

オゴロの妻を犯し、息子の指を切り取り、それを警察を使って運ばせるイド

そうして、イドの元にはイドの息子の指が届けられる

次の朝、また子どもの指を切り取る、そうして、切り取られたわが子の指を受け取る

子どもが死ねば・・次はオゴロの妻の指を・・そして女が死ねば・・

繰り返される報復・・止まることのない暴力

やがて・・イドは自らの指を切り取る・・

自己を破壊して、世界は破れた模造紙と共に崩れていく・・・

劇中に度々現れる「蜂」・・

「蜂」に恐怖心を露にするイド・・

「蜂」がいなくなった時に繰り広げられる「剣の舞」


この「蜂」と「剣の舞」が何を象徴しているのかを考えてしまった

ロンドンでは「敵に向かって針を刺す蜂は自己破壊の象徴」と言われていたけど・・そうなのだろうか?

蜂が刺すのは「自己保身」のためではないのだろうか?

「恐怖心」と「自己保身」それを蹴散らした時に踊る「剣の舞」は

まさに「狂気」の象徴のような気がする

人間としてまっとうな感情を殺して、狂気に走る姿にも見えてしまった

ということは・・

この「蜂」こそが「人間」そのものなのかもしれない

世界のあちこちで繰り広げられる「剣の舞」こそが

「自己破壊」の象徴だと私には見えた・・

とある演劇雑誌での野田氏のインタビュー記事で

「暴力」を描くことについて、「切実さ」を感じると答えられている

そうして観客には「感電」してもらいたい・・とも

「ロープ」でとんでもない重い贈り物を頂いたと思ったら今度は「高圧電流」でございますか・・

観終わったあと・・全身を蜂に刺されてショック状態になってる気分でしたわ

野田秀樹さん・・愛してます(笑)(竜也くんの次に・・)





ビュティー・クイーン・オブ・リナーン?

  • 2008/01/09(水) 17:36:56

母と娘

母はわが子を慈しみ
娘は母を慕う

そんな美しい親子関係というのは

どういう条件の下で作られるのだろう?

これは親子という関係に限定されたものではないでしょうが

人間は自分を縛り付けるものから逃れられない時

抵抗を試みるのではないだろうか?

抵抗が許されなければ次には憎悪へ・・

憎悪が増幅すれば・・殺意へ・・

転がり落ちるのは閉鎖された精神の中では簡単なこと

それを止めることができるのは

やはりそこから救う誰かの力なのかもしれない

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ビューティー・クイーン・オブ・リナーン?

  • 2008/01/09(水) 16:48:03

血の繋がった母と娘

どちらも幸福とは言えない人生を送ってきて

差別と支配の果てに自分の行き場を見失ってしまったものが

互いを憎むことでしか生きて行けないという悲劇の連鎖

妹たちは嫁ぎ先をとっとと見つけて自分達の生きる場所を見つけてしまった

行き場を失った娘は「私だけが・・」という怨念を抱きながら

年老いた母の面倒を見ている

だがそれは献身的というものではなく虐待を伴っていた

母は娘の自由を奪うことが生き甲斐になってしまっていた

自分が得られない自由を決して娘に与えないように

どんなことをしても娘を縛りつけようとする

それは愛なのか・・あるいは・・それもまた・・過去の歴史が積み重ねてきた怨念なのか・・

血肉を分けたものだからこそ・・

その憎しみの出口はない



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ビューティー・クイーン・オブ・リナーン?

  • 2008/01/09(水) 16:20:31

アイルランドとイングランドの支配と抵抗の歴史

それはこの作品の根底に深く根付くものである気がします

舞台に掲げられた言葉は作中後半でレイの口から明らかにされます

「悪魔に死を気づかれるより30分でも早く天国の一員になれますように」

この言葉の意味するものは一体なんなのでしょう?

天国とは一体どこのことなのか?

もしかしたらそんなものはどこにもありはしないのかもしれない

悪魔は一体何者なのか?

それは私たち全ての中にあるものなのかもしれない

死とは一体?

「死」は全ての人に平等に訪れるもの、決して避けられないもの

望んでも叶えられない・・たどり着くことの出来ない夢と
逃れられない運命・・

そんな風に私には感じられたのですが・・

ちょっとこじつけすぎかしら?



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ビューティー・クイーン・オブ・リナーン?

  • 2008/01/09(水) 15:54:07

1月4日
シアタードラマシティー

原作 マーティン・マクドナー
演出 長塚圭史
主演 大竹しのぶ 白石加代子


開演前
静かな劇場の席に座り
まずオペラグラスで舞台を覗いてみる

舞台に大きなタペストリーがかけられている
そこには英字で文字が書かれている・・

なんて書いてあるんだろう?

劇場の後方からでは読み取るのがむずかしい

もう、少し前だったら・・と悔しがっているうちに幕が開く


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